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BlueFieldnetが4年目を迎えました!フリーランスで3年間を振り返りと4年目の挑戦

BlueFieldnetが4年目を迎えました!フリーランスで3年間を振り返りと4年目の挑戦

※この記事は2020年9月25日に加筆・修正しています

2017年7月3日、それは「BlueFieldnet」が開業届を出した日です。それから3年が経過しました。

という真面目な書き出しになっちゃったのですが、実は真面目な性格なんですキタムラ100%です(この名前で真面目か。。。)

ということで月日は経ちましたが、BlueFieldnetとしてフリーランスで開業してから4年目を迎えました!ありがたいことに廃業せずここまでがんばってこれました!
っていうのも、仕事が取れな過ぎて貯金が底を吐きそうになったり仕事で潰れそうになったこともありました。
開業当時に思い描いていたフリーランス像、フリーランスとして動いた実感、続けてきて感じたことなど、コロナで本気でヤバイと思ったことなども、これから会社や時間などに縛られず働きたい方や自分の能力を活かして働きたい方には参考になるであろう記事になれば幸いです。

要はフリーランスになりたい方に向けた記事でもあります♪

目次

3年前の思い描いていたフリーランス像とは

理想

フリーランスになる前の私は会社で働いていました。
しかもWeb業界に入ったのはアルバイト2年半→正社員9ヶ月→派遣社員9ヶ月という短期スパンで転職を繰り返していました。当時はダイビングもやっていたので重機材(BCというタンクを背負うベストやレギュレーターなど)のローンを支払いながら働いていました。
もうその頃からフリーランスになるぞ!と思っていました。

会社に行くのがめんどくさいから、行かなくて良いフリーランスになりたい

会社は平日9時から18時までのごく普通の出勤体制であり、とにかく会社に行くこともそうですが、特にい満員電車がしんどかったです。ここで満員電車に乗っていたのは派遣会社のみでした。他は家から比較的近い場所やウォーキングして満員電車を避けていました。
当然残業はありましたので18時にきっちり帰れることもなかったです(派遣会社以外)

会社に縛られない働き方がしたい

というのがありました。

海が見える場所でお仕事がしたい

当時はフリーランスで働いている人との交流もあり、海の見える場所で仕事している姿やお洒落なコワーキングスペースでノートパソコンを出してお仕事している姿を想像していました。実際に有給取って平日温泉入りながらノートパソコンを持ち歩いてノマドワークもしていました。

フリーランスになったら毎日これができるんだ♪

とにかく、自由になりたい

ここまででまとめると「自由になりたい」がいちばんでした。
もともと団体行動や縛られた環境が大の苦手でいつも単独活動をしていました。単独活動している=(イコール)変なやつ、変わったやつというレッテルも貼られてましたが、今思えばこっちの方がストレスがかからないですね。

というのが当時思い描いてたフリーランス像でした。

今思えばただの「願望」でしかありません

フリーランスとして活動した現実

現実

いざ開業届を出したらフリーランスや!って思ってました。当時書いたブログ記事を読み返したらほんま「甘え」しかなかったのですが、リンクを貼っておきます(汗)

この「甘え」に気づいた3ヶ月後のブログ記事もあります。

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人は「失敗」して学ぶ生き物であることを自覚した

私の場合は幸先スタートしたのもあり、お仕事をいただける機会も多かったです。
ただ、ここで失敗もしました。その失敗は後に継続がヤバイ時期として迎えることになります。

当初主にしていた失敗とは

失敗談大袈裟に書くのは好きじゃないのでリスト化しました

・お仕事を依頼してくれた方の悪口を言ったりSNSでつぶやいた
・常に人のせいにしていた
・この2つをやって信頼を失い、悪い噂が流れて仕事を失う
・効率化よりもこだわりが強い(今もある)
・基本ミスが多い(今も;汗)
・良いアドバイスをいただいたのに、注意されたと思い込み悲劇のヒロインの様な返事をした
・モロ本音のSNS運用(フォロワー激減)
・「仕事」の本来の目的をわかっちゃいない
・本人は自覚できていな「上から目線」

ありすぎやろ(汗)

すべての教訓は「失ってから気づく」こと

人脈に関しては交流会やセミナー参加、セミナーを開催するお手伝いもしていましたので全くのゼロからではないので環境には恵まれていました。
しかし、失敗をして折角築けた人脈も途切れたり良い話が来なくなったりなど、そこで毎回のように反省を繰り返しました。たくさんの人に相談しました。

フリーランスの理想と現実のギャップで苦しむ

フリーランスになる前の思い描いていた理想と、実際になってみての現実でのギャップが結構ありました。当然やろ!と思いますがギャップを感じた現実はこちらです↓

・最初は営業しなきゃ仕事が取れない(当時は営業したくない人でした)
・見積り、決済、金額交渉が大変やし勉強しないとあかん(基本勉強嫌い)
・今のスキルじゃ続かない。スキルアップも必要
・「お仕事」の捉え方が違う
・本気度が足りなかった
・「自由」とはなんなのか考えた

「プロ意識」が圧倒的に足りなかった

ここでいう「プロ意識」というのは、自分が肩書きを名乗った時の職業に関しての「本気度」と考えます。というのもこれまで思い描いていたお仕事像というのはまさに会社員の継続みたいなものであり、特に会社員の時は基本下っ端なのでディレクターや上司の言いなりでした。その気持ちが残ってたのもあり、大好きだなーと(人として)思う方と一緒に仕事はできたものの、受け身体制が強過ぎました。
開業届出したら、基本上司もディレクターとなる方もいないわけなのでここでは自分が企業分析してお客さんに提案し、修正を受けて仕上げ納品していくものです。ここでの「本気度」とは「作って終わり」ではなく、作ったものがお客さんにとって利益を産むものなのかということです。ここまでお客さんはお金を出してくれているので、それに応えないと成り立たないということを30過ぎで学びました(遅)

会社員で学ぶ人も多いけど、ろくに会社員していなかった私はフリーランスになって学ぶことが多かったです。

本気でフリーランス継続がヤバイ時期とコロナ禍での動き方

おかねない

フリーランスを目指す方でここを心配する方が結構いるので、実際にヤバかった時のことを振り返りながら踏みとどまったことに関して書いていきます。

収入が0の月もありました

収入が全くなかった月というのはコロナ禍ではなく、独立後1年経ってからのことです。
定期的にお仕事を発注してくれた企業さんから突然連絡がパタンと止まって当時本気でヤバイと感じました。しかもその時というのは久々にデザインフェスタ(デザフェス)に出展した時でしたのでデザフェス関連の出費もあり貯金が底を突きそうでした。

預金が10万円切りました。。。

この時期はデザフェスの売り上げが思った以上にあったのでそれで耐え凌ぎました。また、後に今もお世話になっている御蔵島のWestbrook`s様からのWeb制作の受注もありました。
運が良かったというか、この時期にとある体制を整えました。

収入が無い時にに取った行動に関して

もちろん営業もしましたが、クラウドソーシングでのお仕事もしていました。
クラウドソーシングはフリーランスになる前の副業としてコンペ作品を提出していましたのでデータをフリーランスに変更、登録し直していました。
デザインの仕事はほぼほぼコンペ案件が多いので、ライティング案件を獲得しつないでいました。
しかも、ここで嬉しいことに海関係のお仕事ができましたので自信にもつながりました。

ただ手数料とかがかかるので、お仕事を受ける際はこのへんもしっかり把握しておきましょう。

フリーランスで生きていくためにしっかり肩書きを決めた

これまで業種問わずWeb制作を受けていましたが、受ける業種を徹底しました。その時に行ったのは「キャンペーン」です。

海と地域を盛り上げよう!
現在は終了しています

自分がやりたいお仕事に関しての実績が足りないのと、受けていたお仕事がほぼほぼ実績掲載不可だったので、会社員でやった実績とWebサイトで営業していました。
やりたかったのは今も変わらず
・海を題材にした企業のWebサイト制作
・その地方を応援したいwebサイト制作
でした。

営業してもなかなかお返事が来なかったりしましたが、来ないなら実際にその地方に行ってやろう!と思い予算が少ない中で行きました。

室戸市に行った時がいちばん予算が無い時期でした(笑)
帰りのバスで出費の連絡があった時は手が震えてしまいました。

「移住」を考えたのもこの時期でした

自分の肩書きを信じて、移住すれば問題は解決するであろうと多くの地方の情報を得つつ、参加できる交流会や説明会などは全て参加しました。フットワークだけは軽かったので当時何度も出歩いていました。結果、私の問題を解決したのは「移住」ではありませんでした。

再び体制を取り直すため安定収入のために会社に戻る

と書いていますが、正社員ではなく業務委託として週3日で会社で勤務していました。
期間は2019年1月から9月と、12月から2020年1月まででした。

その前に2018年から2019年は白浜でリゾートバイトをしていました。

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なぜ再び戻ったのかというと、フリーランスとしてのお仕事が0でした。
0というか、頑張ってもお仕事につながらなかった時期が長かったからです。この時に移住したらお仕事が増えると思い込んでいたため営業活動もほぼしていなかった上に過去登録していた派遣会社から数件電話が来た時に弱音を吐いたこともあり紹介してもらいました。

今思うと、この事実をちゃんと言っても良いのではないかと言うことTwitterを通して勇気をもらったからです。
というのも、そもそもフリーランスとしての働き方は人それぞれということを改めて感じたからです。

「起業」することにした

これまで「起業」というのは偉い人がするやろう!という思い込みしかありませんでした。
「起業する」というのは、自身でサービスを生み出すことで自らのスキルや経験を生かしてお仕事を受注することであり、あくまでも自分だからできるサービスを作ることになります。

企画書から起業計画、そしてプレゼンまでを参加コミュニティや高知県が主宰する「KOCHI STARTUP PARK」に協力してもらいました。特にここで高知県への愛情を深く感じました。

これまでダイビングとイルカクジラで高知県に行ってただけなのにここまで手取り足取り助けてもらいました。

現在、起業と移住のための準備中でてんやわんやしていますが、良いご報告ができましたら随時お知らせいたします。

ここまでが3年間走り続けてきたフリーランスとしての道のりでした。

これからフリーランスとして働きたい方へ

まぐろパーク

さてここからは、3年間走った今だからこそ伝えたいことも変化し増えてきましたので、これからフリーランスで働きたい方へのメッセージです。

フリーランスになるための「事前準備」をしてください

人によっては成り行きや事情で突発でフリーランスになることもあります。

私も派遣の契約が終了する1ヶ月前にフリーランスになりました。

例えば、今からできることで言うと
・人脈作り
・ポートフォリオ、Webサイトの準備
・開業届のなどの金銭周りの準備
 など

特に「人脈作り」は交流会に参加する、周りの人に「フリーランスのWebデザイナーになるんです」を伝えていくことです。特に自分のやりたい職種を言っておくと後々聞いた方からお仕事として引き受けることにもなります(事実)

また、この時期からある程度のお金や営業の勉強もやっておくのも大事です。
なってからだと大変なんですね(笑)

月30万稼げる夢はあるけど、努力は必要です(強調)

これも各SNSで呟かれているのですが

「これさえやれば月30万円は稼ぎ続けられる」
「これさえやれば月収100万円得られます」

などを見かけます。しかしこれは実際に成功している人もいるんですが情報を鵜呑みにしてしまうと怪しい情報商材に手を出してしまったり、怪しいセミナーなどの勧誘があり多額なお金を支払って、結果お金がなくなることもあったりします。
幸い現在までそのようなものには引っかからなかったのですが、こういうのはあくまで参考として「こういうものもあるねんなー」と思ってください。

では、ここで何を言いたいのかというと「これさえやれば」っていうのはあくまで手段です。

というのも、世の中そんなに甘くないからです!

実際に月30万円は一度稼げましたが、そこまでいくのに人脈作り、営業、スキルアップなどありとあらゆる手段を試し実行したからです。そこから先上がるも下がるも積み上げや努力が必要だからです。

仕事しながらスキルアップするものです

会社で働いていた時よりも、フリーランスになってからできることが増えましたね。

例えば
・JavaScript
・WordPressの子テーマ作成
・Webライティング
・PHPの編集
・ECサイト構築
・インストラクター
・動画編集 など

どれも仕事しながら学んだものです。仕事の範囲が広がったのも事実です。
さらに仕事以外では自分のサイトで実験したりすることもあるので、この3年の間に10〜20%の成長だと感じています。

「大切なもの」は何かを問い続けてください

基本フリーランスは1人会社なので、何事も決めていかなければならないのです。例えば休みの日やお仕事の裁量なども決めていく「決断力」がかなり鍛えられました。

基本悩みに悩むタイプで決断は遅い方です。
そしてチャンスを逃します(あかん)

また、仕事する時間やしない時間も決めておいた方がおすすめです。

仕事する上での「大切なもの」も同時に考える

Webデザイナーと名乗っても世の中には多くのWebデザイナーがいます。ここから自分はなんのデザイナーなのかを選別化してあげることで自分のやりたい仕事に繋がるきっかけになります。
よく言う「やりたい仕事」というのはなんなのか、というとそこを見つけるのは人によって早い人はフリーランスなってすぐの方やなってから見つける方もいます。

キタムラで1年経ってから自己ブランディングで決めました。

「事業計画書」は今から作り始めて、これからも作り続けてください

この「事業計画書」というのはいつか来る起業計画や補助金の申請の際に必要になります。
そして、フリーランスになったら自分がどのような仕事をして、どんなお客さんを幸せにするか、世の中にどのような貢献ができるのかなども考える時期がきます。そんな時に準備ができているとコロナがこの先いつ治るのか、先を予測して自分ができることを考えることも多くあります。

だからこそ「事業計画書」を今からでも作ってみると良いでしょう。

ではどんなふうに作ったら良いでしょう

やりたいこととできること

「やりたいこと」「したいこと」を紙とペン、またはiPadでひたすら書いてください。
最初は無印良品のらくがき帳で良いでしょう。今でも使ってますのでおすすめです♪

紙と鉛筆

そこから何ができるか?ということを「需要」という枠を作ってここを埋めていきます。

需要

ここからパワーポイントやKeynote、Webページなどに反映していきます。

手っ取り早くしたい方はTwitterなどのSNSの自己紹介欄に書いてもいいでしょう。

まとめ:これが3年間の軌跡

関門海峡

長くなりましたが、フリーランスとして走った3年間を振り返りました。
ざっくりと言えば「理想」と「現実」というものを実感して、成長できた3年間でした。

フリーランスになる前の自分

なる前は完全に「理想」でしかなく、羨ましいなどの感情が大きかったです。
早く会社をやめたーい!海辺パソコン持ってパチパチやってたーい!など憧れしかなかったですね。今思えば正直甘い考えでしたね(笑)

フリーランスになった時の自分

お仕事獲得、営業、集客、決済など何もかもやっていかなきゃならない。
そもそも、お仕事につながったとしても作って終わり!ではなく作った先のことも考えたりなど、会社員でやっていたことよりもやることも多く責任感と多くの作業量が発生します。

さらに失敗したらお仕事を失うだけでなく、お金も失う、生活が苦しくなるという悪循環というのもありました。

失ってから学び、成長し続けることで続けられた

たくさんの賢者から「失敗から学ぶ」ということ体感し、反省から次へ生かすことも大事ですが、それを実践できたのはフリーランスになってからでした。
そこで再び会社の常駐をしてみると「これができないかな。。。」「あれができあいかな。。。」など、会社員の時には一切考えてなかったことも実践して、実際に会社の売り上げに貢献できたのもありました。

お金が底をついた時に常駐を得ることで、自分の事業を改めて考え直すこともできたので、進みすぎてつまづいたら、一度戻り振り返りつつ、そこで「起業」という考えも出てきました。今進んでいる最中ですが3年間ほんまにあっという間だったということなので、かつて夢だったJeep島にはまだ行けてないですね。これは絶対叶えたいですね(笑)

さいごに、BlueFieldnetとして4年目の挑戦

4年目

4年目はこちらを目指したいということで動いていきます

・高知県のサービス「こうち産クリエイト」のリリース
・高知県の移住
・SDGs関連のお仕事獲得、継続すること
・Kinkadesign(海洋生物イラスト)のオンラインショップ強化
・広告やパートナーを提携
・地方創生を目的としたお仕事、サービスを立ち上げる

4年目はまさかのコロナウイルスの影響もありなかなか動けなかったのでかなりのフラストレーションが溜まってしまいました。それが爆発できるように活動し続けていきますので、4年目も楽しみにいいしてください♪

最後まで読んでいただきましてありがとうございました♪

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